2012年6月18日月曜日

ディリチョール報告(2012年3月)

ブタ飼育支援を始めて1年。今年の3月、村で1年間の成果を確認した報告を、家畜専門家のネパールカルナリ協力会の理事の染井氏に報告してもらいます。

「2012年3月の養豚プロ ジェクト」報告
                                  「子豚生産は順調なすべり出し」 染井英夫


昨年、現地ユースクラブの会員たちと養豚事業のプロジェクトを立ち上げて以来、1年ぶり に現地を訪れ、
事業の進捗を確かめるとともに、今後の課題を探ってきました。
プロジェクト1年目の計画はティルクに共 同農場を建設するとともに、将来の養豚生産の基礎となる繁殖用
の豚を購入することでした。
初年度ということもあり、果たして計画どおりにいくものかどうか、大いに不安を持ちながら3月10日に現地に入り、翌日から村内を巡回してまわりました。
先ず共同農場建設についてですが、当初計画していた内容は、用水の便の良いところに種付け用の雄ブタの
飼養設備、雌豚の分娩設備、哺育用舎房と広い運動場を備えたものを建設する予定でした。ところが実際に整
備されたものは、参加者が各戸でそれぞれ雌豚を管理する形で、豚小屋の増築あるいは改修がなされていました。計画変更の経過を詳しく聴いてみると、管理のために共同で出産する形がどうも彼らの国民性に合わな かったようです。
ともあれ、個別に管理する形で雌豚は予定どおり導入され、それぞれの家で飼育されていました。豚の 導入は
人数分の頭数のメスと、共有する1頭のオスを子豚で購入し、1年後の現在、順調に種付けが進み、早いものは今年に入って1回目のお産を終えていました。 巡回しながら、聴き取りによって確認したお産の結果は、次のような状況でした。
導入子豚数:(オス)1頭、(メス)8頭
うち、分娩頭数:5頭、分娩予定(受胎):2頭、未受胎:1頭
また5頭の分娩成績は、産子数が8、7,8,7,6頭 の計36頭( 平均 7.2頭 )で、ほとんど改良され
ていない豚の産子数としては可もなく、不可もなしといったところでしょうか。
しかし、死産の数や産後の管理不徹底のためと思われる子豚の損耗が12頭もあり、徹夜してでも分娩 前後の管理を十分にやるよう指導してきたにも拘わらず、大きな損耗を出したことには舌打ちする思いでした。また、オス豚は短期間にメス豚8頭中7頭の種付けを成功させたように、その資質は十分に高いものと 評価できました。
ところが驚いたことには、彼らの言葉を借りれば、「勝手に小屋を脱け出して村内の畑を歩きまわり、 作物に被害を与えているクセの悪い豚」だと言うのです。簡単に脱柵できるような小屋で飼育して、村内を徘徊しても放置しておきながら、「クセ が悪いから処分して別のオス豚を購入し直す」と言うのですから、あいた口が塞がらないというのはまさにこのことです。 実績のあるオス豚なの で、しっかり管理して大事に使い続けるよう説得して、今後の管理体制に責任を持つよう話し合わせました。
ところで、ネパールは未だに狂犬病が撲滅されていないお国柄であり、この村でも導入したメス豚1頭 が野犬の侵入により咬まれて死亡し、残っていた4頭の子豚も母乳が途絶えて死亡したとのことでした。そこで、各人の飼育小屋は、夜間における野犬の侵入が防げるように堅固な補修をするよう指導せざるを得ませんでした。ほんとうに困ったものです。
このように様々な問題を抱えながらも、事業開始1年を経て子豚生産がはじまったということは、ティルクだけでなく ディリチョウルVDCの農業生産全体にとって養豚事業が拡大していくきっかけになる大きなターニングポイントとなる可能性が出て きたと思います。
今後は、子豚の出荷体制(ユニオン)作りとともに、豚肉を村の食生活に生かしていくことが大切だと 考 えています。
最後に、プロジェクトに参加した若者たちの感想をいくつか紹介しておきます。
少しお金を使ったが、大きな収入源を得て良かった(バクタ)
1年に2回も子を産んでくれ、短期間で収入の上がるビジネスのようだ(ヴィシュヌ)
短期間に肉をいっぱい作ってくれる家畜だ(パダム)
うちの豚は今妊娠中だが、これから金が入るので将来も飼い続けたい(ラン・バハドール)

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(写真1)4月中には産みそうな親豚 (写真2)この春産まれた子豚が元気にとびだしてきた

 

2011年12月8日木曜日

ネパール姉妹校訪問記・2011 part2

千葉明徳中学校 技術家庭講師 築地 史郎

(千葉明徳会 明徳土気保育園美術スタッフ)

何故 又 今年も自分はいくのだろう。出発が近くになるにつれて何回か自分に問いかけるものの、すぐに答えは出ないまま今年も行って参りました。

姉妹校への訪問は3回目、外国で授業ができる経験はなかなか得られるものではありません。夢のようだった1回目の体験は、理事長についていく事であっさり実現、2回目は、天候の不順で違うハイスクールに行って来ましたが、姉妹校とは違う雰囲気の中での授業は、それはそれで楽しいものでありました。

3回目の今年は、何とか姉妹校にたどり着き、何回も行っていると、初回では見えなかった現実がみえてきて、授業への自分の関わりも真剣なものになります。顔を覚えた先生や生徒達と嬉しく再会できて、国境を超えるのは人と人とのつながりである事を実感できました。

(人との再会の為に私は又きたのだろうか)

『現地の先生は、授業が終わると鉛筆の数を何回も数えた。』

もともと紙や鉛筆が貴重品な地域で絵の授業というのもどうかと思うのですが、私はネパール人の描く顔に興味があり、イラストの様に、眉毛と鼻を一気に描く所にしびれているのです。 授業では、まず私が人物を描いてみせ、次に生徒に描いてもらって、その作品の中に、このパターンを発見するのが私の楽しみの一つでもあります。ところが、今回は狭い教室に100人近い生徒が集まってしまったので、生徒の描いた絵を見て回るだけでも大変でした。先生の説明によると、生徒の中には貧しくて鉛筆など持ってない人もいます、との事。私が用意した60本の鉛筆と生徒の持っているボールペンなどで何とか人物は描き上がりましたのでまとめに入りました。咄嗟の判断で、10人程の絵を選んで作者を前に出し、プライズとして鉛筆をあげる事でしめくくり。絵の授業というよりはコンペティションでしたが、これがネパールスタイルだよなと独り言。助手をしてくれた先生がまとめの話をしてくれというので、『絵が描けると言葉が解らなくても意思や要求が伝えられるし、コミュニケーションに役立つから大切です。』と、これまた咄嗟の判断で話す自分がおりました。

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ともあれ授業が終わったところで、先生は真面目な顔で鉛筆を回収しはじめました。そして何回も数を確認、何故そんな事を一生懸命にと思った瞬間に私ははっとしました。ここはネパールでも貧しい西の方の地域で、先生は生徒達が鉛筆をちゃんと返せるかどうかにこだわっていたのでした。数が合った時の先生の誇りに満ちた表情は私には驚きでありました。日本にいると、貧しさと向き合う事は殆ど無いので、授業の前に充分意識しておくべきだったと後から思った事でした。

実は、高橋孝夫先生(高等学校・美術科教諭)のリポート(学園ニュース146号掲載)にあった様に、この後からが大変でした。授業のお礼に生徒の歌を聞かせてくれるというので、喜んでいた私でしたが、歌や踊りが次から次へと続いて大芸能大会の様になってきて、音を聞きつけた生徒が更に集まってきたのです。一つしか無い入り口は生徒で塞がれ、窓のそばによると、今度は窓の外から見ている小学生にどいてくれといわれる始末でした。

(来る度に新しい驚きの体験がある)

『 TVやゲームはなくても祭りがある 』

授業での盛り上がりは、夜の交流会につながっていきます。もともとネパールには沢山の祭りがあり、歌ったり踊ったりの自己表現は子供の頃から鍛えられます。日本のアニメやゲーム文化もすごいと思うけれど、ここで感じる祭りの原点や、人々の楽しみ方も素朴で力強くていいなあと思います。

『明徳の学生さんの履き古したシューズを売る。』

昨年、ミッチーこと永島先生(高等学校・英語科教諭)が、日本から持ってきた色々な物を売り、盛り上がって楽しかったのですが、今年は去年出来なかったシューズ売りの係が回ってきまして、私は履き古したシューズを200ルピーで売りました。日本製は質が良いとの事で、程度のいいものからどんどんなくなっていきました。噂は広がって、次の日にも靴はないかと聞かれて閉口しましたが、Tシャツでも何でも売る方も買う方も楽しい時間が持てます。売り上げは姉妹校に寄付してまいりました。

余談ですが カトマンズは面白い所です。

私たちはカトマンズにつくと街の散策にでるのですがこれが又面白い、理事長の福中先生が先頭になって案内してくれるのですが、始めての人はカルチャーショックにおちいります。映画のスクリーンの仲に飛び込む感じです。ジューススタンドではザクロの生ジュース、(福中先生は普通に飲むけど、私は恐る恐る飲む。)本当に美味しい。マーケットで買える岩塩は、これも病みつくテイストです。街は、私には迷路ですが、さすがに何回も行くとそれなりに解って来ます。又カトマンズのめぼしいレストランはほぼ連れて行ってもらっている様に思います。行く前に、食事は!と心配する方もいると思いますが、実はお洒落で美味なレストランが多いのがカトマンズ。

行く前は、なんで今年も行くのだろうと考えていた私も、来年はこうしようとか思うのですから、これはもう自分の中ではイベントの一つなのかも。同行する人達も、毎年ユニークな人ばかりで、理事長を隊長とする姉妹校訪問隊は、けっこう楽しくて愉快な仲間となって10日間を過ごすのです。

一緒に行ってみたい方は、どこかにいませんか?

kathmandu

ネパール語・ミニ講座 ククラ(にわとり)・ククル(いぬ)・ククリ(ナイフ)

kuku

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